【声明】第一次声明文(日本学術会議の新会員任命拒否問題)

※本研究会では、日本学術会議の新会員任命拒否問題に対して、メーリングリストによる会員間の意見交換・アンケートの実施(~10月23日)、理事会審議による基本方針の確定(~11月13日)、会長・副会長による声明文案の作成(~11月20日)、メーリングリストによる会員の検討・修正(~11月30日)の過程を経て、第一次声明文を発出いたします。

第一次声明文(日本学術会議の新会員任命拒否問題)

 日本東アジア実学研究会の会員有志は、<日本学術会議が国内的・国際的に果たす重要な機能を忘却した内閣総理大臣による同会議会員候補の任命拒否によって、日本学術会議の職務遂行に支障を生じ、ひいては広く社会全体のコミュニケーションを阻害させている状況>を憂慮し、<政府が日本学術会議の法制上の位置づけと「学術」の重要性を正しく理解し、また同会議と任命問題にたいする真摯な対話を行うことを通じて、事態の速やかな是正のために必要な措置を講ずること>を希望します。

 10月1日、日本学術会議第25期の発足にあたり、同会議が推薦した新会員候補105名のうち人文・社会科学系の研究者6名の任命が拒否されたまま、会員の充足されない異常な事態がすでに2か月に及んでいます。
 これは、日本の人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野にわたる科学者コミュニティの「内外に対する代表機関」として、政府から「独立して」職務を行うとされる同会議の法制上の位置付けを、根本的に揺るがす憂慮すべき状況です。
 「内外に対する代表」とは、同会議が学術の総体的な代表機関(アカデミー)として、「科学者間ネットワークの構築」、「政府に対する政策提言」、「科学の役割についての世論啓発」という主な職務を、国内のみならず「国際的」な視野と活動の広がりをもって自律的に遂行することを意味します。
 このような同会議の国際的位置づけは、日本学術会議法にその使命として、「わが国の平和的復興」と同時に、「人類社会の福祉」への貢献、「世界の学界と提携して学術の進歩」への寄与が掲げられていることによるものですが、さらに言えば日本国憲法前文に謳われた「諸国民との協和」、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という憲法の基本精神にもとづくものです。
 このことは、現実の日本社会には主権者だけでなく多数の外国籍の人々も包摂されている事実とともに、日本国憲法第十五条を盾にとり首相の任命拒否を国民への責任として正当化する議論の不十分さを証しています。

 日本学術会議の国内的・国際的な職務は、持続可能な人類社会を構築する課題解決のためには、学術の一体的取組みが不可欠であるとの認識によるもので、とりわけ総合的学術政策を推進させる「舵取り」としての人文・社会科学の位置づけが重視されています。日本学術会議が2015年に出した幹事会声明「これからの大学のあり方-特に教員養成・人文社会科学系のあり方-に関する議論に寄せて」にたいしては、ISSC(国際社会科学評議会)のメッセージをはじめとして国内外諸団体から賛意が表明されています。本研究会における「実学」理解(「自分たちの生き方を思想化し、自然と社会に責任をもつ学問」会則第一条)も、近代以降の実用の学としての、いわゆる実学ではなく、真実を重んずる学問の総体的規定としての実学であり、とりわけ科学技術を適切に運用するための「実心」を養うリベラルアーツの意義を重視しています。
 今般の人文・社会科学系研究者6名の任命拒否は、「『科学技術』(science based technology)、『科学・技術』(science and technology)より広く、人文・社会科学を含み、全ての分野における知的な創造的活動の総体」としての「学術」理解が政府に欠如していることを意味しています。まさに「古より国家の患(うれ)うる所は、位に在る者の学を知らざるより大なるは無し」という古人(北宋の程頤)の語が思い浮かばれる事態です。古人に笑われるだけでなく、わが国の学術・文化の地位の実態を世界の嘲笑にさらし、取り返しのつかない国益の損失をもたらしかねません。21 世紀の人類社会が直面している困難な課題に取り組むための「学術」の重要性を、政府が真剣に理解することを要求します。

 東アジアの伝統学術世界では、<言路洞開>の重要性がくりかえし説かれてきました。わが国実学の世界でも、「天下の吉凶の先知は、言路を開くと閉じるとにあり。故に天下の智を合するものはゆたかなり」(熊沢蕃山『大学或問』)と言われています。「言路」は、人身にとっての血脈のようなもので、それが塞がれば死にいたる「国家の命脈」とされます。そこで、<言路洞開>のために、君主を諫める官職(「台諫」)や、政策諮問・学問研究機関(「集賢殿 チッピョンジョン」など)が設けられました。
 日本学術会議は、科学を通して実質的に社会に寄与・貢献する学術の最高機関として世界各国のアカデミーと共通するだけでなく、<言路洞開>の責任を担う東アジアの学問伝統上にも位置づけられます。学術会議が「科学者コミュニティの代表機関」として正しく機能することで、たんなる諮問にたいする答申にとどまらない、自発的意見表明としての「政策提言」や「世論啓発」機能も円滑に作動し、多様性に満ち溢れた社会全体の多角・多層・多元的な対話が促進されるからです。
 現在、任命拒否の理由が明確に説明されないことで、政府の意向を忖度して自発的な意志表明を控えるような状況が、社会全体のコミュニケーションを萎縮・阻害させていることは否定できない事実です。それは、国内的には国民の「思想・信条の自由」にたいする侵害を結果し、国際的には東アジアの歴史認識問題のような、真摯な対話のみによって取り組むことの可能な交流活動を麻痺させ、わが国の対外的な孤立状況を深めるでしょう。
 現代のような複雑な世界では、政治と学術が相互理解、相互承認、相互調整しながら、よりいっそう緊密な連携関係を、国内的・国際的に築いていく必要があります。そのことはCovid-19のようなパンデミック対策一つをとっても明白なことです。そうした意味で、まずは政府が「学術」の重要性を正しく理解した上で、日本学術会議と任命問題(学術会議自体のあるべき姿の見直しなどではなく)にたいする真摯な対話を行うことを要求します。

 本研究会の会員の半数以上は、海外会員または留学生です。日本国内の研究会でありながら、国際的な学術共同研究や留学生・若手の共同育成に関わる活動が中心となっています。また、生命・環境・宇宙・理化学などをもカヴァーする博学の伝統を踏まえつつ21世紀の現実に働きかける自前の「実学」の開拓をめざし、会員の専門分野も多様です。
 したがって「国際的な活動」、「科学者間ネットワークの構築」などを主な職務とする日本学術会議をめぐる今回の異常事態は、他人事として放置できない問題です。国際的な共同研究・教育の面、多専門分野の連携構築などの面に、陰に陽に及ぼされてくる影響について、具体的な情報を共有しあうような活動を手始めに、本研究会としても継続的にこの問題に取り組んでいく所存です。

(文責:日本東アジア実学研究会会長・副会長)

2020年12月1日
2020年12月2日修正
2020年12月3日修正
2020年12月10日修正

日本東アジア実学研究会 有志一同:30名
片岡龍(東北大学教授、本会会長)
大橋健二(鈴鹿医療科学大学非常勤講師、本会副会長)
小島康敬(ICU名誉教授、本会副会長)
鈴木規夫(愛知大学教授、本会副会長)
李仁子(東北大学准教授、本会理事)
板垣雄三(東京大学名誉教授、東京経済大学名誉教授)
闫秋君(東北大学大学院国際文化研究科博士後期課程)
大西秀尚(圓佛教大阪教堂)
小川晴久(東京大学名誉教授、本会顧問)
小倉紀蔵(京都大学教授、本会理事)
何燕生(郡山女子大学教授)
郭連友(中国北京外国語大学北京日本学研究センター教授)
カヴァッリーナ ロレンツォ(東北大学大学院理学研究科助教)
北島義信(四日市大学名誉教授、正泉寺前住職)
金光来(埼玉大学教養学部非常勤講師、本会運営委員)
金鳳珍(北九州市立大学国際関係学科教授、本会理事)
佐々木隼相(東北大学大学院文学研究科博士後期課程、本会運営委員)
澤井啓一(恵泉女学園大学名誉教授、本会理事)
朱琳(中部高等学術研究所、本会運営委員)
陳宗炫(京都府立大学文学部研究員・評議員、本会運営委員)
成海俊(韓国・東明大学校教授)
髙橋光子(東北保健医療専門学校非常勤講師、本会理事)
チェダウル(東北大学大学院文学研究科博士前期課程)
朴福美(本会理事)
范帥帥(東北大学大学院文学研究科博士後期課程)
邊英浩(都留文科大学比較文科学部教授、本会理事)
別所興一(元愛知大学教授、元愛知県立時習館高校教諭)
本郷隆盛(宮城教育大学名誉教授、本会理事)
柳生真(円光大学校円仏教思想研究院大学重点研究所研究教授)
李月珊(山東大学外国語学院講師)

日本東アジア実学研究会 賛同者:35名

※第一次声明文案(日本学術会議問題)ダウンロードはこちら:PDF

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